So-net無料ブログ作成

要介護3の義母の施設を訪問して [家族ばなし]

施設にいる要介護3の義理の母の顔を、夫と見に行ってきた。

こちらが誰かを名乗らない限り、義母はもう私たちが誰かを認識できない。
しばらく会話を交わすと、少しは記憶がよみがってくるようだが、
会話がかみ合うわけではなく、想像の世界の中で生きているのだろうと思える言葉が交わされるだけだ。

認知症になる前も、義母は冗談が好きな人で、「嫁」である私はあまり嫌ごとを言われた記憶がない。
認知症になった今でもそれは変わらない。
いつもそれには救われる。

今日、義母はとても穏やかな顔だった。
今日の担当職員の方が、とても明るい年配の女性だったからだろうか。

あまり頻繁に訪問しているわけではないが、その時おられる職員の雰囲気は
日によって違うなっと常々感じている。
職員の対応や雰囲気がいいと、家族はそれだけで安心する。

認知力や判断力、体力がこれだけ劣ってしまえば、
義母はもう生きてこの施設から出られないだろうとも思う。

義母より2つ年下で今年82才の実母は、まだ自宅で電器店を一人で切り盛りしている。

人生をいかに終えるかも、この2人の現状からも自分で選べることではないのだ実感する。

実母が介護をしていた時代とは違って、今は公的なサービスがかなり充実しているから救われる。
私は最後まで可能な限り自己決定できる環境の中で生きていたいな。
でも、今の義母にとっての幸せは、傍からは退屈に見えるようなおだやかさの中に
あるのかもしれないとも思う。

「これから20年~30年さきに、どうしているかな」って夫に尋ねてみたけど返事がない。
「私たちの世代は、30年先には生きてないよね」って言ったら、「そうやな」って返事をした。

後、10年~20年をいかに自己決定して生き抜くか。
できるだけ、意識的に生きたいってやっぱり思うな。

nice!(2)  コメント(1)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

nice! 2

コメント 1

馬渕

昨年10月実母を亡くしました。介護3で入院してました。1年半の入院でその時期小生も仕事リタイアし週に一度は行ってました。衰えていく母親を見るのは辛かったですが、今までのせめてもの恩返しです。感じました、この世においては所詮一人では生きていけないことを‥‥。弟と一緒に対処してました。助かりました‥‥。
by 馬渕 (2014-02-04 05:48) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

Facebook コメント

トラックバック 0